所長サンの哲学的投資生活 5th

世界を旅しながら投資をしています。読書と思索ときどき釣り。北海道移住とシンプルな生活。

北国の冬について

深夜3時に除雪車が家の前の国道を通る。
夢うつつでそれを確認し、ああ昨日は雪降ったからなあと、
ぼんやり納得していると、
次は明け方5時に歩道のミニ除雪車が通る。
この間は覚醒してるのか浅い眠りなのか良く判らない。
とにかくまた眠りに落ちる。

初めはびっくりしたのだけど、
今ではむしろ除雪車の音を聞いて安心する。
ああ、またこうして生活ができるなあと感謝する。

北海道で1年暮らして色々思いを改めることがあるけど、
一番は寒さへの尊厳かもしれない。

誰もが北海道の夏の涼しさに憧れる。
ぼくももちろんそうだった。
なぜ北海道に移住したのか聞かれると、
夏が涼しいからと、ぼくはある種の誉め言葉で言うと、
道民はみな、そうだよクーラー要らないよ、
と笑いながら返してくれる。

おそらく、夏訪れる観光客の全員が、
現地で触れ合う道民を羨望と笑顔を持って持ち上げる。

いやあ、北海道は涼しくて最高ですね、と。

けれど、
相槌を返す道民の笑顔には、
冬を知悉していない部外者に対しての陰りがある。
説明しても判らない諦めがある。


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雪がない景色は半年しかない。

5月頃から山肌の雪も溶け、新緑が見え始めると、
短い夏が始まる。
一番温かいのは7月頃で、8月の祭の囃子を聞く頃には、
夕方の涼しさに、茫とした寂しさを感じ始める。

ああ、また冬がやってくる。

とおもってしまう。
冬の足音はすぐそこに聞こえる。
考えたくなくても、冬の備えが必要なのだ。
貴重な夏野菜を冬に備えて保存し、
外壁や屋根の傷みがないか雪が降る前に見なければいけない。

どんなに盛夏でも、涼しい風が吹くたびに
今年の冬は大丈夫だろうかとおもいを巡らす。

涼しい夏を誉められても、
道民が複雑な情緒を説明することはないとおもう。
それは無意味な作業だし、同調されたとしても、
相手はこの土地で一緒に冬を越す人びとではないのだから。


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ずいぶん日が長くなった。
日中の光の色に透明感がある。
雪かさが減ってきた。

冬のピークを過ぎたことが何より嬉しい。
もう気分的には春。
いつを本格的な春と呼んでいいかしらないけども、
真冬の折り返しを過ぎたあたりから、
峠は越したね、と話すときの気分がいい。

冬が和らげば春。でいいとおもう。
本州のイメージでいう春の時期は、
おそらくこっちでは夏に属するんではないか。
そして秋を感じる間もなく、冬になる。

この土地で暮らすひとの心象風景がちょっぴり分かった気がする。