所長サンの哲学的投資生活 5th

世界を旅しながら投資をしています。読書と思索ときどき釣り。北海道移住とシンプルな生活。

だらだら過ごす幸せを継続できるか、のつづき。


だらだら過ごす幸せを継続するためには、だらだら過ごす哲学が必要というはなしのつづきです。

ふたつ、ぼくは提唱しましょう(笑)


1.正当化法
2.危機感法



なんだそりゃ?ですね(笑)
順番に説明しますね。一応リタイア実践者からの提言ですから、ためしに読んでみてくださいませ。


1.正当化法

どんな哲学でもいいんだけど、まず「じぶんを正当化」することって大事なんですよ。
えー!?と言われても、正当化すること(笑)
正当化は自信につながるのです。

べつに他人に後ろ指さされることをしてないんだからね。やってることに根拠をつくってしまうのがいい。
ぼくは、やりたいこともたくさんあるし、自由とはいっても、じぶんのビジネスも持っているので、
幸か不幸か、現在の生活に罪悪感なんてかんじるレベルに達しておりませんけども、
それでも、相方からみたら「まいにちゴロゴロしてー」とおもわれかねない(笑)
そこで、ぼくなりに正当化していることがあるんだけど、それは、

「仕事」という響きを利用することです。


とくに日本人にとって「仕事」は尊貴なもの。この聖なる(魔性の)響きの前には、
家庭や自己都合すら無力になってしまうほどに強力なことばですよね。
ぼくは、基本まいにちカフェにいってネットや読書をするんだけど、これを、

「仕事にいってくる」


と言っています。
まあ、ぼくのなかでは、読書やネットチェックなどすべての知の向上につながる行為は、
ブログを通じてブランディング活動に寄与するので、りっぱなお仕事なんですが。
最良のエントリーのため最善をつくしたいし、ぼくだけが発信できるローカルな情報や投資観みたいなものをつねに研鑽してたいですし。
ふしぎなもので、「仕事にいく」といえば、相方も協力的になってくるもんなんですよ。
これが日本人に効く「仕事」の魔力を利用する方法ってことです。

では次にいきます。


2.危機感法

これはじぶんにたいして、なにもムダな時間を過ごしていないという理屈を形成することですね。
いや、むしろ足んないじゃん!!という思考へシフトさせます。

足りないのは、時間です。

リタイア前、時間はまったくなかったはずです。
それがリタイアしてからはまるで無限に時間があまっている。
でも、ほんとに時間って無限にあまってるの?

たとえば、ぼくは後40年人生を使えるとすると、旅行にはどれくらい行けるのかかんがえてみます。
こんなリタイア生活でもそれなりに予定もあるので、純粋なバカンスとしてはぼくは年に2回ほどしか大がかりな旅行はいけません。
2×40年=80回?
いえいえ、70、80歳にもなってアマゾンやアフリカトリップはむりですって。
活発に旅行できるのは60歳までの19年間としましょう。
すると、2×19で38回しかもうセッティングできません!
いやー、ぼくの人生であと38回っていったら、どこにしようか選ぶ必要があるし、切り捨てる場所すらでてくるかも。。
おなじ場所へ行ってたらもったいないなーなんておもうようにもなるね。

時間が足りない!


ほかにも読書。
かりに3日で1冊の本を読むとする。
年に120冊。
すると人生残り40年で4800冊が読めることになります。
しかし、ひとがどうおもうか知りませんが、ぼくは若いころ人生の読書って無限にできるもんだとおもってきたのですよ。
それが、数字で固定されることは、正直いってはかりしれない恐怖です。
4800冊なんだー!
しかも、本が読めない日がつづくとその冊数を削られてる気にもなるし、第一ですね、81歳までばりばり読めることを前提にしてるとすれば、
この計算は少々あやういのです。将来のことなんて分かりません。
もし、もしもぼくの人生が71歳までになってしまったら、残りは3600冊に激減する。ひゃー!

時間が足りない!


どうでしょう(笑)


こうして、いま享受している時間は、とてもとても無限ではない!と理解することですよ。