所長サンの哲学的投資生活 5th

世界を旅しながら投資をしています。読書と思索ときどき釣り。北海道移住とシンプルな生活。

だらだら過ごす幸せを継続できるか。


ぼくの1日は、だいたい10時半ごろベッドから起き出し、まずはぼーっとシャワーをあびる
だんだん目が覚めてくるころ、果実系のジュースを飲みながらメールをチェック。
すると、相方がブランチをつくってくれるので、それを美味しくいただいて、午後はブログの更新に読書とコーヒー。
そのほか散歩がてら食料品の買い出しを手伝ったり、気になったコンドミニアムを見学したり、友人と食事したり。。

自由だなーとじぶんでおもうけども、じつはこんな生活にもちょっとしたコツがある。
いや、資質もあるかな。とにかく、せっかくリタイアしたかたでも、この自由な生活が継続できないかたも存在する。

つまり、リタイアからリタイアしてしまうひともいるんだ(笑)

どういうことか、たぶん経験者でないと理解しにくいとおもうけど、
リタイア生活が破綻してしまう理由に、少なくない確率でこれがある。
なんだとおもいますか?

それは、罪悪感なんです。


へーってかんじだけど、退屈であればあるほど罪悪感が増す。
日本人だけでなく欧米人も少なからずこれが深因で夫婦仲がこじれて破綻することもあるんだって。
たとえば、夫婦ではじめたビジネスであるていど成功をおさめたとする。
夫婦は会社ごと売却し、40歳くらいで早期リタイア。
郊外の高級ビレッジに1億くらいのプールつき邸宅を買って、さあ夢のリタイアだ!と自由な生活をスタートさせます。
初めはたのしくててしかたない。朝から晩まで時間はある。朝おきてきょうは何をしようかかんがえる。
夫婦で成功までの道のりを語り合って、やっと解放された歓びをわかちあう。
でも、それだけじゃあ、リタイア生活は継続できないようです。

ぼくがおもうに、人間は、幸せをかんじるためには不幸せをかんじないとダメなようにできてるんだよね。


苦労してるときは、苦労のない時間に憧れるし、
自由がないときは、自由になりたいって願うもんでしょ。
ないものを願うけど、あるものは願わない。
さらに、仕事をまじめにやってきたひとは、現役当時きっとこうおもってきたはずです。

「仕事を好きじゃない奴に成功なんてできっこない!」
「仕事をなまける奴といっしょにいたらじぶんは腐ってしまう!」

それが、いまでは、リタイアしたとはいえ、じぶんが「仕事をしてない奴」になっている。
この必死にたたきこんできた倫理観は、かんたんに消えないもんです。
だんだんと、仕事をしないじぶんが許せなくなってくる。
仕事では分かち合えた夫婦仲も、目標をうしなうと脆いもんです。
しだいに亀裂が入りはじめ…

コワイですねー(笑)


まあ、なにかやることがあるとリタイア生活をたのしめるんだけど、リタイアしてからそれを見つけよう!ってのはだめ。
打ち込めるものを見つけられるくらいなら、もうとっくにやってきてるはずだから。
今までやってないってことは、これからもだいたいムリなんです。
だらだら過ごす幸せは、だらだらしてないひとが感じることっちゅーわけなんです。

じゃ、僭越ながらぼくの場合どうかというと、まいにちだらだら過ごしてますけど、それじたいが幸せでは決してないんですね。
だらだら過ごせるから、

「本を読める」 という幸せがぼくを包んでくれるのです。


でも、それだけじゃーまだ挫けるかもしれない!?ってひとに、
所長流だらだら過ごすコツをもうひとつ。

だらだら過ごす哲学をもつこと。



次回につづけますねー